書くことの必然性

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今日は出勤し午前中は研修。
午後は肉体労働がんばった。
廃棄物処理。リヤカーでの運搬。汗水垂らしての外仕事。



さて、昨年度、
同い年で尊敬するし大事にしたいところが似ている同僚と今の職場で出会えた。

その彼女を含めた4人で本日の仕事終了後、会食をした。

私の中に

「書く」
「子どもたちに書かせる」

ことの必然性が煮詰まっていず

その事を最近ずっと考えている。

その彼女は

どんな必然性をもって

毎日のように保護者に

子ども達に書かせたものを
知らせているのか、その想いを聞けた。


それは、ここには書かないがよく理解できた。

なのに、やはりまだ自分の中には
必然性がない。

なぜなんだろう?

書くことにより
考える力を子どもたちに育てたい。

でも、無理してまで毎日おうちの方に配って知らせる必然性が、やはり私にはない。


日記は読むのが好きだしコメントも書いている。それは私にとってこども理解という必然性があるから続けられている。

だけど、
所詮その程度だ。


「書かせることに私は価値を置いている」と考えているのは頭の中だけであり、
行動に移しているかといえば
そこまでではないのかもしれない。



「会話する
話し合う

言葉で気持ちを伝える。
個々の子をよく見ていく
寄り添おうとする
話をじっくり聴く 」
そこはこだわってやってきたような気がする。

でも、

書くことについては、

そこまで突き詰めてこなかった気がする。

今ごろこのことについてグラグラしているのだ。

今日4人でたくさん会話して楽しかったが、

書くことへの自分の今後のビジョンは定まらないどころか迷路にはまりこんでいる。

会食は創作料理。

シェフが素材から料理名から料理法まで
極めている店。
ひとつひとつ料理が並べられるたびにその料理へのこだわりや想いを伝えてくれる。

味もとびきりだった。

プロフェッショナル仕事の流儀に出ても恥ずかしくないであろう若きシェフにわたしは

「すごいすごい」を、連発してしまった。

学びの多い
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幸せなひとときだった。






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by nanaco-bookworm | 2017-07-26 22:55 | 美味しい | Trackback | Comments(0)