書くということ

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書くということ。

頭の中を整理できるということ。

書くためには語彙が必要。

だけど、本当は語彙なんてなくてよい。

つたなくてよい。

単語でもよい。

それを書くことでみえることがある。

ということを知らないのが

書けないこどもたち。

書けないのは


話せないから。


話せないのは

おうちで話して言葉を受け止めてもらえた経験がないから、たぶん。


ならば、

せめて学校で話を受け止める。私が。

それか

友達が受けとめる。

それを、経験して話せたら。

かっこいい言葉でなくてよいと言ってあげて
本人が安心してつたない言葉を吐き出せたらいいのに。

そうしたら

少しは


その子の苦労が減るのかな。


日記に思いをかけない子がいる。


書けなくてもその子がおしゃべり好きで自分をお喋りという手段で表現できていたならまだよい。
もし、
かけていない、
話せていない、

のならば


話す力


書く力を育てることは
重要。


日頃お話し好きで
だけど書くのが苦手な子がいても
放置しない。


なぜなら、

話す聞くことの効用の他に


読む書くことの効用もあるから。

手段は多い方がよいから。


でも、
持って生まれて読み書きにハンデがある場合どうしたらよいのだろう。


その子なりにちょっとずつでよいから

読み書きの力を高める。


だけどそもそも、
読み書きにハンデのある子が
それができるように努力させられることは
苦役以外の何者でもないのではないか。


その子にとって幸せなことは

今生きている世の中に適応させることなのか。

それとも

適応させるのではなく


ありのままを受け止めてくれる世の中にしていくことか。



でもやっぱり書けないよりかけたほうがよい。

かけるか無理かはその子その子によってちがう。

その違いを見極めながらやるのが私たちのしごと。
かけない時もある。
書けない子もいる。

そこを無理強いするのではない。

全員が書けるようになるのはそんなに大事?

その子が絵で体操で遊びで自分を解放できたらそれでよい?

でも、それだと言葉で考える力が育たない。

それでは、騙される人になってしまう。
だけど
生まれ持ってそれができない子は
どう考えればよいのか。
その子にだって等しく価値がある。

ならば、
言葉で考える力なんてなくてもよいのか。

わからなくなってきた。

今日の池袋の会の勉強会で考えたことをまとめてみようとしたけど、

わからなくなるばかり。

私はどこをめざしていくのだろう。


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by nanaco-bookworm | 2017-07-22 21:42 | 同志 | Trackback | Comments(0)

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